2014年8月16日土曜日

ミツバチ保護に舵を切った米政府

 

米国の国立野生生物保護区を管轄する内務省魚類野生生物局はこのほど、同保護区内でのネオニコチノイド農薬の使用と遺伝子組み換え作物栽培の禁止を決めた。米政府はこれまで、ネオニコチノイドや遺伝子組み換え作物に関しては容認派と見られていただけに、今回の政府機関の決定は、これらをめぐる米国内外の世論や法規制の動きに少なからぬ影響を与えそうだ。
 
 
ネオニコチノイドは、日本を含む世界各国で起きているミツバチの大量死や大量失踪の原因と指摘されており、使用禁止を求める声が世界各国で急速に高まっている。EU(欧州連合)は201312月、暫定的な使用禁止に踏み切った。遺伝子組み換え作物も、その安全性や環境への影響をめぐる議論が世界中で一段と激しくなっている。

今回の決定は、魚類野生生物局・国立野生生物保護区システムのチーフを務めるジェームズ・カース氏が、全国の野生生物保護区の責任者に宛てた717日付のメモで明らかになった。それによると、すべての野生生物保護区内で今後、ネオニコチノイドの使用と遺伝子組み換え作物の栽培を徐々に減らし、20161月までに一部例外を除いて全面禁止にするとしている。

国立野生生物保護区は全米に約560か所あり、総面積は日本の国土の約1.6倍にあたる1億5000万エーカー。公式サイトによると、保護区には700種類の野鳥、220種類の哺乳類、250種類の爬虫類や両生類、1,000種類以上の魚類が生息し、数多くの絶滅危惧種も確認されている。まさに野生動植物の宝庫だ。

 使用禁止となるネオニコチノイドは現在、世界で最も使用されている殺虫剤のひとつ。化学構造がニコチンに似た、神経毒だ。畑の作物に散布するのはなく、種まき前の種子に染み込ませる。そのため浸透性農薬とも呼ばれる。ネオニコチノイドが染み込んだ種子から発芽、生長した個体は、体全体に毒素を帯び、攻撃してきた害虫を確実に返り討ちにする。散布するとどうしてもムラが生じるが、浸透性農薬の場合はそれがない。そのため非常に効率的かつ効果的とされる。

 浸透性農薬は、害虫駆除には効果的だが、重大な“副作用”もある。葉や茎だけでなく、花粉や蜜まで有毒化してしまうため、ミツバチなど受粉媒介生物まで殺してしまう可能性があるのだ。世界中の多くの研究者が、ネオニコチノイドをミツバチの大量失踪の原因と考える理由はここにある。最近の研究では、ミツバチだけでなく、一部の種類のチョウや鳥の個体数の減少にもネオニコチノイドがかかわっている可能性があることがわかってきた。

 国立野生生物保護区システムのカース氏も、「種子処理などネオニコチノイド系農薬の予防的使用は、殺虫効果を植物の体内の隅々にまで行き渡らせ、それによって本来駆除の対象ではないさまざまな種類の生物にまで影響を及ぼす可能性がある。それは野生生物保護区システムの方針とは相容れない」と禁止理由を述べている。

 ネオニコチノイドは他の農薬に比べると人への影響が少ないとも言われている。このことが、ネオニコチノイドの使用が急速に広まった一因だ。しかし、専門家の中には、神経毒であるネオニコチノイドの人への深刻な影響を指摘する声も少なくない。

日本でネオニコチノイド系農薬の使用中止を訴えている「ネオニコネット」はホームページ上で、「ネオニコチノイド系は胎盤を通過して脳にも移行しやすいことから、胎児・小児などの脳の機能の発達を阻害する可能性が懸念されます」といった国内の専門家の意見を紹介している。欧州食品安全機関は201312月、発達中のヒト神経系に影響を及ぼす可能性があると理由から、一部のネオニコチノイド系農薬の摂取基準を引き下げるよう提案した。

一方、遺伝子組み換え作物に関しては、それが野生生物の生息に直接影響を与えているという議論は、ネオニコチノイドほどは見られない。ただ、農家が遺伝子組み換え作物を栽培する目的のひとつは農薬使用量の削減にあったにもかかわらず、実際には逆に農薬使用量が増える傾向にあるとの調査結果が出ている。米国では遺伝子組み換え作物の作付面積が急速に増えており、トウモロコシや大豆では遺伝子組み換え品種が全作付面積の9割以上を占めている。

2013年に来日した米国の有力消費者団体「食品安全センター」のペイジ・トマセリ上級弁護士は、「遺伝子組み換え種子を開発・販売するバイオテクノロジー企業は、害虫に強い遺伝子組み換え作物なら農薬の使用量が減るので、農家の経営にとっても自然環境にとってもメリットがあると宣伝してきた。ところが、米国では遺伝子組み換え作物の持つ殺虫タンパク質に耐性を備えた害虫が出現し、農薬使用量は逆に増えている」と述べた。

農薬の使用量が増えれば、それだけ野生生物が農薬の危険にさらされる可能性も高まる。これが、国立野生生物保護区システムが遺伝子組み換え作物の禁止を決めた理由のようだ。

では、なぜ米政府はそれまでの容認姿勢から、ネオニコチノイドの禁止へと大きく舵を切ったのか。次回は、その背景や日本などへの影響についてリポートする。

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2014年8月2日土曜日

米国産豚肉の安全性は?



 上海の食肉加工業者がマクドナルドなど大手ファストフードチェーンに賞味期限切れの肉を出荷していたことが大きなニュースとなり、中国産食品の安全性の問題が改めてクローズアップされている。しかし安全性が問われているのは、中国産だけではない。

 世界各国で使用が禁止・制限されている飼料添加物ラクトパミンを解禁するよう、米政府がEU(欧州連合)に圧力をかけている――。米紙McClatchyDC7月下旬、こんな記事を掲載した。

 ラクトパミンは主に、成長した豚のエサに混ぜて使われる化学物質で、肉の赤身を増やしたり、成長を早めたりする効果がある。米国では、1999年の使用解禁後、ラクトパミンを使う養豚業者が急増。現在は、全頭数の6080%がラクトパミンを投与されていると推測されている。

 生産者にとってはさまざまなメリットがあるラクトパミンだが、ラクトパミンを投与された豚やその肉を食べた人への影響が以前から強く懸念されてきた。

 豚に関しては、ラクトパミンを与えられた豚が、異常行動を起こしたり、狂牛病にかかった牛のように足腰が立たなくなったりするなどの例が数多く報告されている。食品医薬品庁(FDA)はこれまでに、そうした報告を20万件以上受けているという。

 人への影響では、詳細は不明だが、上海でラクトパミンを投与された豚の肉を食べた客が集団食中毒を起こしたという事件が、過去に報道されている。

 EUは、ラクトパミンの安全性を独自に調査し、人の健康に影響を及ぼす可能性が否定しきれないとして、いわゆる「予防原則」に従い、ラクトパミンの使用を禁止している。一方、ロシアは昨年2月、ラクトパミン問題にからんで、米国からの肉製品の輸入を禁止する措置をとった。

 現在、世界約160の国や地域が、ラクトパミンの使用を禁止したり制限したりしているという。日本は、国内での使用は認めていないが、輸入に関しては残留量が基準値以下であれば認めているということだ。

 こうしたなか、McClatchyDCは、現在行われている米国とEUとの間の貿易交渉で、米政府がEUに対しラクトパミンの使用を認めるよう働きかけていると報じている。もちろん、この背景には、輸出拡大を狙う米食品業界の政府に対するロビー活動がある。

 米政府の露骨な業界利益優先の経済外交には、米国内からも批判の声が上がっている。今年3月、米国の有力環境団体や消費者団体は共同で、米通商代表部のフロマン代表に対し、ラクトパミンの使用禁止と、ラクトパミンを使用した肉製品の輸出自粛を文書で申し入れた。

 消費者の懸念やラクトパミンを敬遠する海外の動きを受け、ラクトパミン不使用をうたう業者も現れた。豚肉加工大手のスミスフィールド・フーズは、米国内にある同社の一部の工場で、ラクトパミンを使用していない豚肉の生産・出荷を始めたことを明らかにした。じつはスミスフィールドは昨年、中国企業に買収され現在は中国資本になっている。食の安心・安全で業界をリードする企業が中国系とは、なんとも皮肉な話だ。

 今回McClatchyDCが焦点を当てたのはラクトパミンの話だが、米国の食肉業界ではそのほかにも、人への影響が懸念されている成長ホルモン剤や抗生物質の家畜への投与、塩素を使った肉の洗浄など、消費者が聞いたら驚いたり不安になったりするような行為が生産現場でごく普通に行われている。そうやって生産された食肉の一部は日本にも輸出され、スーパーの食肉コーナーに「お買い得品」として並ぶことになるのである。