しかし注目点はそれだけではない。
米国の多くの州や自治体では、大統領選挙や議会選挙に合わせて、市民の暮らしに大きな影響を与える重要な法案を市民が自ら提案し、その成否を有権者による直接投票で決める伝統がある。いわゆる住民投票である。住民投票制度は日本にもあるが、日本で一般に住民投票と言った場合、単なる政治的な意思表示過ぎず、投票結果が法的拘束力を伴うことはない。これに対し、結果が議会での立法と同じ効力を持つ米国の住民投票は、いかにも地方分権、住民自治が徹底している米国らしい制度と言える。
米国で売られている缶詰。「No GMOs」(遺伝子組み換え不使用)と表記されている。消費者の懸念に応えるため、メーカーが自主的に表示している。
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これに対し、米国では、GM表示は義務化れていない。これは、米国の消費者がGM食品に無頓着だとか、GM食品を信頼しているからというわけではない。ニューヨーク・タイムズ紙が昨年、全国の成人男女を対象に実施した世論調査によれば、「GM表示が必要」と答えた米国人は93%にも達した。また、全対象者の約半数が、「GM食品は口にしない」と答えている。
こうした消費者の強い関心にもかかわらず、米国でGM食品の表示が義務化されていないのは、GM市場の拡大で恩恵を受けるバイオテクノロジー業界や食品業界による、米政府や米議会への強烈なロビー活動のためだ。コロラド、オレゴン両州の有権者が、住民投票でGM表示の義務化を目指すのには、こうした中央政界の事情が背景にある。「国が動かないのなら、住民投票によって自分たちで表示義務化を実現しよう」というわけだ。
住民投票にかけられた法案は、賛成票が反対票を1票でも上回れば成立する。ニューヨーク・タイムズ紙の世論調査などを見る限り、直接投票にかければ法案は間違いなく成立するかに見えるが、実際には、両州とも、法案が成立するかどうかは不透明な情勢だ。
最大の要因が、バイオテクノロジー業界や食品業界による、テレビCMなどを使った大々的な反対キャンペーンだ。オレゴン州からの報道によると、バイオテクノロジー大手のモンサントなど表示義務化に反対する企業は、すでに9月下旬の時点で、テレビCM放映などに総額約100万ドルをつぎ込んでいる。
表示義務化反対派は、2012年のカリフォルニア州の住民投票でも、資金力に物を言わせて同様の法案を葬り去った実績がある。このときは、モンサントやコカ・コーラ、ペプシコなどが合わせて約4,600万ドル(現行の為替レートで約50億円)の資金を投入。対する賛成派も940万ドルを賛成キャンペーンにつぎ込んだが、文字通り桁違いの資金力の前に、賛成票49%、反対票51%という僅差で敗れた。
有機農産物を販売するオレゴン州ポートランド市のファーマーズマーケット。オレゴン州の市民は食品の安全に対する関心が高い。
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今回のコロラド、オレゴン両州の住民投票でも、反対派がキャンペーンをエスカレートさせれば、カリフォルニア州の再現になる可能性は十分にある。ただ、前回と違う点もある。それは、表示義務化を支持する勢力が一段と広がっていることだ。
それを象徴するのが、消費者情報誌「コンシューマー・リポーツ」の参戦だ。
コンシューマー・リポーツは、自動車から携帯電話、ワインにいたるまで様々な消費者向け商品やサービスの比較テストを独自に実施し、その情報を消費者に伝える月刊誌。企業広告は一切載せず、消費者から絶大な信頼を得ている。発行部数は800万部を超え、同誌の評価で商品の売れ行きも変わってくることから、大企業といえどもその影響力は無視できない。
9月下旬、そのコンシューマー・リポーツでシニアサイエンティストの肩書を持つマイケル・ハンセン氏が、オレゴン州で放映されたテレビCMに登場し、住民投票で賛成票を投じるよう有権者に呼びかけた。さらにコンシューマー・リポーツは、GM表示に関する独自の世論調査の結果などを次々と公表し、GM表示義務化の必要性を強力に訴え始めている。
ワシントンポスト紙は、「表示賛成派が重量級の支持者を得た」と、コンシューマー・リポーツの動きを報じている。
GM表示義務化をめぐっては、住民投票以外の動きも出ている。バーモント州議会は今年、米国の州では初めて、GM表示義務化を定めた法案を可決した。2016年7月に施行される見通しだ。
今回のコロラド、オレゴン両州の住民投票でGM表示義務化が決まれば、米国内のGM表示義務化の流れが一気に加速する公算は極めて大きい。米国は世界最大のGM大国だけに、日本を含めた世界のGM市場に何らかの影響が及ぶ可能性も無視できない。
果たして米国は遺伝子組み換え表示義務化に向かって一気に走り出すのか。11月4日に注目が集まる。
© Copyright Hijiri Inose
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