2015年1月12日月曜日

米国の専門家が選んだ No.1 ダイエット法



「年頭の誓い」は何も日本人だけが立てるわけではない。例えば、米国にもある。米国では「New Year’s resolution」と言う。resolutionは決心や決意という意味だ。何を誓うかは人それぞれだが、ダイエットは定番のひとつ。米政府の公式サイトが紹介する「米国民に人気の年頭の誓い」でも、リストの一番上には「Lose weight(減量)」が鎮座する。

 なぜか。米国は、世界1、2位を争う肥満大国だからだ。国民の3分の1は「肥満(obesity)」と診断。さらに、肥満予備軍とも言うべき「太り気味(overweight)」に分類される人も、人口の3分の1に及ぶ。つまり、3人に2人が、ダイエットが必要な国民なのだ。だからみんな、「今年こそは絶対に痩せるぞ!」と誓うのである。

 そんな国民のダイエット需要に応えるべく、米国のニュース雑誌「U.S. News & World Report」は先ごろ、「Best Diets 2015を発表した。様々な人が実践している数多くのダイエット手法の中から、同誌が独自に35種類のダイエット法をピックアップ。それを、効果があると思われる順にランク付けしたものだ。同企画は今年で5年連続5回目。ロイター通信をはじめ他の主要メディアもこのBest Diets 2015の中身を報じるほど、注目されているランキングなのである。

 ランク付けに当たってはまず、同誌の記者やスタッフが様々なダイエット法について、資料や文献をリサーチ。その上で、ランキングの対象としてふさわしいダイエット法を絞り込む。その絞り込まれた各ダイエット法を、20人あまりの糖尿病や心臓病の専門医、栄養士などの専門家がさまざまな角度からチェックし、評価するという手順を踏んでいる。だから、例えば、日本でときどきマスコミを賑わす、バナナダイエットや「○○だけダイエット」といった類の際物はひとつもない。

 で、結局、1位に輝いたダイエット法は何か。

 それは「Dash diet」。この名前を聞いたことのある人はほとんどいないだろう。米国人ですら聞いたことのない人が多い。実際、Best Diets 2015について報じたYahoo Health は、「アメリカのベストダイエットに輝いたのは、誰も聞いたことのないダッシュダイエット」といった見出しを付けて記事を配信している。

 だが、Dash dietはけっして新しいダイエット法ではない。それどころか、Best diets 企画で5年連続1位という素晴らしい評価を得ているのである。

 ではDash diet とは、どんなダイエット法なのか。

 Dash dietはもともと、1990年代に米政府機関である国立心臓・肺・血液研究所(NHLBI)が中心となって研究、考案された。DashDietary Approaches to Stop Hypertensionの頭文字をつなぎ合わせたもの。日本語に訳せば、「高血圧を防ぐための食事療法」とでも訳せるだろうか。

ダイエットというと、減量とか痩身というイメージが強いが、本来の意味はもっと幅広く、健康を維持するための食事療法や食習慣を指す。Dash dietはその名の由来の通り、本来の目的は高血圧の予防にあるが、高血圧だけでなく、糖尿病の予防や減量にも効果的であることが、その後の研究の結果、わかってきた。必ずしも減量を第一義的な目的としているわけではないが、Dash dietを続ければ結果的に、健康的に痩せることができると評価されている。

 
 では実際に、Dash dietは何を食べ、何を避けるよう勧めているのか。NHLBIの公式サイトによれば、Dash dietにおいて意識的に摂取すべき食べ物は、果物や野菜、低脂肪の乳製品。逆に、過度の摂取を控えるべきとしているのは、脂肪、とりわけ飽和脂肪酸。さらに、牛肉や羊肉などいわゆるred meatや、糖分の多いデザート類、甘味料入りの清涼飲料の摂取もなるべく控えるべきだとしている。

また、Dash dietを説明する様々なサイトを見ると、パンやパスタ類を食べる場合は、未精白の小麦粉、つまり全粒粉から作ったパンやパスタを食べることを勧めている。未精白のほうがビタミン類を多く含むなど栄養価が高く、逆に総カロリー量が低いためだ。

 Dash dietに対する専門家の評価が高い理由は、それが心臓疾患や糖尿病などの予防に特に効果があると考えられている上に、栄養バランスにも優れ、長期間続けても副作用の心配などが少ない点だ。さらには特定の食品群に対する厳格な摂取制限がないため、実践しやすいという点も評価されている。

 こうしたことからわかるように、実はDash dietは、特別なことは何も要求していない。「野菜や果物をもっと摂りなさい、甘い物は控えなさい」といったアドバイスは、医者や栄養学の専門家らが当たり前のように口にする言葉だ。当たり前すぎるからこそ、メディアにも取り上げられず話題にもならず、したがって「誰も聞いたことのない」ダイエット法とまで言われる所以である。

 ところが大半の米国人は、その当たり前の食生活がなかなかできない。それこそが肥満大国アメリカの最大の問題なのである。

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2015年1月1日木曜日

菅原文太さんの思い


昨年亡くなられた俳優の菅原文太さんは、農業への関心も深かった。 

晩年には、山梨県北杜市に農業生産法人を設立し、2ヘクタールの遊休農地を借りて研修生たちと野菜作りに励んだ。 

 3年ほど前、日本経済新聞のインタビューで、農業についてこう語っている。

「今の農業が農業といえるのかという疑問から無農薬の有機栽培や肥料も使わない自然栽培の人たちが出てきた。そして違う道を歩いている。科学的な窒素とかそんなものを放り込んだって、それは本物じゃないよね。やっぱり。あてがわれた化学肥料と農薬とタネをパッパとまいて、それを農業だと人は思わないよ」

 そんな菅原さんが、亡くなる直前の115日、東京都内で開かれた農業問題に取り組む市民団体の集会に、こんなメッセージを寄せた。

「カメムシ食害による『斑点米』の等級引き下げという農家泣かせの政策は、敗戦後の食糧難の時代を忘れ、世界中で飢餓に苦しむ多くの人たちがいることも顧みない日本人の思い上がりが産んだ愚かな政策です。その不徳はこのまま行けば、自からの身に降りかかり、徳無き国が歴史上辿ったと同じ衰退の道をこの国は歩むことになるでしょう。農業者、消費者、どちらもこの国の大切な宝です。そのどちらにも益さないこの愚策は直ちに取り下げ、真の豊かさとは何かについて、農の哲学と展望を築き直しましよう」

 少し解説が必要だろう。
 
中央に黒く見えるのが斑点米
  斑点米とは聞き慣れない言葉だが、白い米粒の中に混じっている、一部が黒く着色している米粒のことをいう。おそらく一般の消費者は、見たことがないという人がほとんどだろう。

 黒い着色の正体は、カメムシの吸汁痕、要するに噛み跡である。こう言うと、「気持ち悪い」「食べたら体に悪いかも」と思われるかもしれない。しかし、実際は逆である。斑点米が混じっている米のほうが、そうでない米よりも、自然で健康的な米なのだ。

 なぜか。スーパーなどで売られている米に斑点米が見られないのは、米をあらかじめ色彩選別機にかけて着色粒を除去しているせいもあるが、むしろそれよりも、農薬を使ってカメムシの被害を未然に防いでいることが大きな理由だ。裏を返せば、斑点米が混じっている米は、農薬を使わずにより自然に育てた米である可能性が高いのである。

 このことは、私自身の体験からも言える。

私は数年前から、茨城県で、仲間と週末を利用して有機米作りをしている。一般消費者に売ることを目的としているわけではないので、JAS法に基づく有機認証は取っていないが、農薬も化学肥料も使わないれっきとした有機米だ。自分の手で育て、収穫した新米を炊いて食べる瞬間は、なんとも言えない。しかし、その真っ白い新米の中には、斑点米が入っている。私も最初は、正直ちょっと気味が悪かったが、斑点米について学んでからは、平気になった。

専門機関による調査の結果、斑点米は毒ではないことがわかっている。食味にもまったく影響がない。自分で育てた斑点米の混じった米を実際に食べてみても、普通に美味しいコシヒカリである。そもそも、混じっているといっても、茶碗1杯あたり、せいぜい1粒あるかないかという程度だ。

何の問題もないどころか、実は農薬を使わない健康的な米の証である斑点米だが、米農家は、自分たちが出荷する米に斑点米が混じらないよう躍起になっている。

なぜか。少しでも斑点米が混じっていれば、取引価格が大きく下がるためだ。これが、菅原さんの言う「等級引き下げ」だ。

米を市場に出荷するには、農産物検査法に基づき、品質検査をする必要がある。検査項目のひとつに着色粒、つまり斑点米のチェックがある。自分のところの米が最上級の1等米として認められるには、着色粒の混入率が0.1%以下でなければならない。これは米粒1,000粒につき、1粒以下という割合だ。同様に、0.3%(3粒)以下なら2等米、0.7%(7粒)以下なら3等米にランクされる。1等米と2等米では、価格が、玄米換算で60㎏あたり約1,000円も違ってくるという。現行制度は、安全性にも食味にも何の影響もない斑点米がほんの少し混じっているだけで農家の収入を大きく左右するという、まさに「農家泣かせ」の制度なのだ。

農家は当然、なんとしてでもカメムシの被害を防ごうとし、農薬を使う。そして、現在、カメムシ防除に有効との理由から米農家に広く使われている農薬が、以前にこのブログでも書いたネオニコチノイド系農薬だ。実はこのネオニコチノイド系農薬の使用こそが、斑点米問題の核心部分なのである。

ネオニコチノイド系農薬は世界で最も使用されている殺虫剤で、化学構造がニコチンに似た神経毒。殺虫剤としては優れた効果を持つ半面、世界各国で起きているミツバチの大量死や大量失踪の真犯人とされている。人への影響も懸念されている。ネオニコチノイドは、母親の胎盤を通じて胎児の脳に到達し、胎児や小児の脳機能の発達を阻害する可能性が指摘されているためだ。

実際、海外ではネオニコチノイド系農薬の使用を禁止したり制限したりする動きが相次いでいる。EU(欧州連合)は2年前、ネオニコチノイドの暫定的な使用禁止に踏み切った。影響を詳しく調査するためだ。米国も昨年、国立野生生物保護区を管轄する内務省魚類野生生物局が、同保護区内でのネオニコチノイド系農薬の使用禁止を決めた。韓国やオランダでも規制が進んでいるという。

 日本ではどうか。日本でも、ネオニコチノイドの影響が疑われるミツバチの大量失踪や幼児の異常行動などが何件も報告されている。しかし欧米とは対照的に、政府による規制強化の動きは今のところない。

 そうしたなか、市民グループ「米の検査規格の見直しを求める会」が、昨年115日、東京都千代田区の衆議院第二議員会館内で「斑点米農薬防除をやめて安全な米とミツバチを守ろう市民集会」を開き、ネオニコチノイド系をはじめとする農薬の規制強化を政府に訴えた。そこに、菅原さんが、先のメッセージを寄せたというわけである。

 それから約3週間後の1128日、菅原さんは息を引き取った。市民集会に寄せたメッセージは、ひょっとしたら、日本の将来を憂えた菅原さんから私たちに向けた尊い「遺言」だったのではないか。今となっては、そんな気がしてならない。
 
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