2014年11月19日水曜日

マクドナルド、遺伝子組み換えジャガイモは使わない方針

 米ファストフード大手マクドナルドの大口取引先であるアイダホ州のJRシンプロット社が、米政府から遺伝子組み換え(GM)ジャガイモの商業栽培認可を受けたことでその対応が注目されていたマクドナルドは、同社からGMジャガイモを使った冷凍ポテトは購入しない意向を示した。AP通信が、アイダホ州の地元紙の記事を引用する形で伝えた。

マクドナルドは「米マクドナルドは遺伝子組み換えジャガイモを購入しておらず、また、現在の購入方針を変更するつもりもない」とコメントした。

 他のファストフード店やポテトチップスなどのメーカーがGMジャガイモを購入するかどうかは不明だが、GM食品の安全性に対する消費者の不安は米国でも強く、率先してGMジャガイモの購入に踏み切る大手企業はいまのところなさそうだ。一方、JRシンプロット社はスーパーなど小売店向けの販売を考えているようだと記事は伝えている。

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2014年11月10日月曜日

マクドナルドに逆風? 米農務省が遺伝子組み換えジャガイモを認可

 米農務省は11月7日、遺伝子組み換え(GM)技術を使って開発したGMジャガイモの商業栽培を認可した。米国では、大豆、トウモロコシについてはすでに作付面積の90%以上をGM品種が占めているが、GMジャガイモは現在、商業栽培は行われていない。

ジャガイモは米国人にとってきわめて身近な食材であるため。今後、認可されたGMジャガイモの安全性や流通をめぐって議論が巻き起こりそうだ。また、今回認可を受けたジャガイモ生産企業は、ハンバーガーチェーン大手マクドナルドの主要な取引先であることから、マクドナルドにGM論争の火の粉が降りかかる可能性もある。

認可を受けたのは、アイダホ州に本社のあるJRシンプロット社(J.R.Simplot Company)が開発したGMジャガイモ。ジャガイモはフライドポテトやポテトチップスなどを作る際に高温で調理すると、発がん性物質であるアクリルアミドを生成することが知られている。今回認可を受けたGMジャガイモは、ふつうのジャガイモに比べてアクリルアミドの生成量が少ないという。また、輸送などの際にジャガイモ同士がぶつかりあっても傷がつきにくいのも特長という。

米国内ではGM食品が広く流通しているが、GM食品の安全性や自然環境への悪影響を懸念する消費者は多い。ジャガイモに関しては、1995年に一度、モンサント社が害虫抵抗性を備えたGMジャガイモを発売したが、市場が広がらず、撤退に追い込まれたいきさつがある。

今回のGMジャガイモの認可報道を受けて、消費者団体は早くも、GMジャガイモの流通に懸念を表明している。センター・フォー・フード・セイフティ(Center for Food Safety)は、「現状では遺伝子組み換え食品に対する表示義務がないため、消費者はGMジャガイモかどうか知らずに買わされることになる」とGMジャガイモの流通に反対する。

一度、市場拡大に失敗しているGMジャガイモが、果たして今度は成功するのか。そのカギをにぎりそうなのが、マクドナルドの動向だ。

JRシンプロットは長年、マクドナルドに冷凍フライドポテトを納入しており、現在も主要取引先の一つ。GMジャガイモの大量生産が軌道に乗れば、GMジャガイモから作られたフライドポテトがマクドナルドに納入される可能性もないとは言えない。現地からの報道によると、消費者団体などはすでに、マクドナルドにGMジャガイモを使わないよう訴えかけ始めたという。

マクドナルドは、消費者の健康志向や安全志向の高まりという逆風を受け、苦戦が続いている。こうした状況で、「GMフライドポテト」がメニューに加わるようなことにでもなれば、消費者のマクドナルド離れが一段と進みかねない。マクドナルドの経営陣がどんな判断を下すのか、注目される。
 
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2014年11月9日日曜日

どこまで進む、米国の大麻自由化

 米国で、「大麻(マリファナ)自由化」の動きが加速している。

114日、オレゴン州とアラスカ州、そして首都ワシントンDC(コロンビア特別区)で、中間選挙と同時に、大麻自由化の是非を問う住民投票が実施された。

 結果は、自由化推進派の完勝だった。

 オレゴン州の条例案は、21歳以上の個人を対象に、娯楽目的で大麻を栽培したり所持したりすることを認めるという内容。大麻の商業販売も、州当局の営業許可を得た上で、可能になる。

 条例案は、賛成反対両陣営が激しいキャンペーンを展開した末、有権者の約55%が賛成票を投じ、承認された。新法は来年7月に施行される予定で、再来年には州公認の大麻ショップ1号店が堂々オープンする見通しだ。

コロラド州の大麻栽培施設
 アラスカ州の条例案も同様の内容で、投票の結果、約52%の賛成票を獲得し、承認された。

一方、ワシントンDCの条例案は、21歳以上の個人に対し、2オンス(57グラム)までの所有と6本までの栽培を認めるというもの。オレゴン州やアラスカ州と違い、商業販売は認めない。条例案は、事前の予想通り、大差で承認された。

米国では今年、2012年の住民投票の結果、コロラド州とワシントン州で、全米で初となる娯楽目的での大麻の使用が解禁になった。今回のオレゴン州とアラスカ州を合わせると、3年間で、全米50州のうち4州が大麻自由化の決定を下したことになる。

これに、首都が加わった意義も大きい。4州はすべて西海岸あるいは西海岸に近い州。これだけなら地域的な動きとして片づけることもできるが、東海岸のワシントンDCでも同様の動きが起きたことで、大麻自由化が全国的な現象になりつつあることを印象付けた。

もうひとつ注目すべきは、今回の大麻自由化条例が、いずれも娯楽目的での使用を主眼としていることだ。実は米国では、20前後の州で、大麻を医療目的で使用することが認められている。大麻には薬理効果もあるためだ。半面、娯楽目的、つまり嗜好品として大麻を吸うことは、これまで認められてこなかった。その意味では、今回の大麻自由化の動きは、米社会に起きている大きな変化のうねりを感じさせるものだ。

 もちろん、倫理面や宗教的価値観、治安の問題などから、大麻自由化に反対する声は多い。保守色の強い南部では、医療目的であろうと大麻の使用を認めている州はない。州レベルでは大麻を自由化したコロラド州でも、州内の自治体によっては依然、娯楽目的での大麻の使用を禁じているところもある。

 それでも米世論は、大麻自由化に確実に傾いているように見える。114日、南部フロリダ州で、医療目的での大麻使用を認めるかどうかを問う住民投票が実施された。結果は否決。だが賛成票は57%を超えた。否決されたのは、「賛成票60%以上で成立」との条件が付いていたためだ。

米国はこのまま、大麻自由化に向かってこのまま一気に突き進むのか。その行方を占うふたつのポイントがある。

 ひとつは、今回のワシントンDCの新条例をめぐる連邦議会の動きだ。米国の法律は、ワシントンDCのすべての条例は連邦議会の審査を経なければならない、と定めている。つまり、ワシントンDCの条例は、連邦議会がノーと言えば発効しないというわけだ。実際、共和党の連邦議員の中には、大麻自由化を認めた今回のワシントンDCの条例を問題視する声も出ている。

 しかし、問題はそう簡単ではない。現在の共和党にとって最も重要な命題は、2年後の大統領選に勝利すること。そのためには、幅広い層、とりわけ若年層の支持が必要となる(今回の中間選挙で共和党が勝利したのは、民主党支持者の多い若年層が棄権したのが一因と言われている)。若年層は大麻自由化を支持する率が高い。2年後の大統領選をにらめば、ワシントンDCの大麻自由化条例を黙認したほうが得策との計算が働く。

もうひとつのポイントは、2年後に実施される住民投票だ。2年後の大統領・議会選挙の際には、カリフォルニア州やマサチューセッツ州などさらに多くの州で、大麻合法化を問う住民投票が実施されると予想されている。中でも注目は、全米最大の人口を抱え、他州への影響力も大きいカリフォルニア州の動向だ。同州で大麻が全面解禁されれば、その是非は別として、大麻合法化の波が全米に一気に広がることも考えられる。

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2014年10月10日金曜日

遺伝子組み換え表示へ、潮目変わるか? 

 114日に迫った米中間選挙。政治的には、オバマ政権の野党共和党が、上院で与党民主党の議席数を逆転し、上下両院で多数派となれるかどうかが最大の焦点になっている。選挙結果次第では、オバマ大統領が外交政策や経済政策を進める上で手枷足枷となりかねないだけに、有権者やメディアの関心が高まっている。

 しかし注目点はそれだけではない。

米国の多くの州や自治体では、大統領選挙や議会選挙に合わせて、市民の暮らしに大きな影響を与える重要な法案を市民が自ら提案し、その成否を有権者による直接投票で決める伝統がある。いわゆる住民投票である。住民投票制度は日本にもあるが、日本で一般に住民投票と言った場合、単なる政治的な意思表示過ぎず、投票結果が法的拘束力を伴うことはない。これに対し、結果が議会での立法と同じ効力を持つ米国の住民投票は、いかにも地方分権、住民自治が徹底している米国らしい制度と言える。
 
回の中間選挙でも、注目すべき住民投票が、コロラド州とオレゴン州で行われる。両州が住民投票で問うのは、遺伝子組み換え(GM=genetically modified)表示義務化の是非だ。

米国で売られている缶詰。「No GMOs」(遺伝子組み換え不使用)と表記されている。消費者の懸念に応えるため、メーカーが自主的に表示している。
 例えば日本では、GM技術を使った農産物やその農産物から作られた一部の加工食品は、食品衛生法とJAS法の規定によって、パッケージなどにその旨を表示することが義務付けられている。EU(欧州連合)にも同様の規定がある。いずれも、「GM食品は食べても安全なのか」という消費者の不安の声を、政治が受けたものだ。

これに対し、米国では、GM表示は義務化れていない。これは、米国の消費者がGM食品に無頓着だとか、GM食品を信頼しているからというわけではない。ニューヨーク・タイムズ紙が昨年、全国の成人男女を対象に実施した世論調査によれば、「GM表示が必要」と答えた米国人は93%にも達した。また、全対象者の約半数が、「GM食品は口にしない」と答えている。

 こうした消費者の強い関心にもかかわらず、米国でGM食品の表示が義務化されていないのは、GM市場の拡大で恩恵を受けるバイオテクノロジー業界や食品業界による、米政府や米議会への強烈なロビー活動のためだ。コロラド、オレゴン両州の有権者が、住民投票でGM表示の義務化を目指すのには、こうした中央政界の事情が背景にある。「国が動かないのなら、住民投票によって自分たちで表示義務化を実現しよう」というわけだ。

 住民投票にかけられた法案は、賛成票が反対票を1票でも上回れば成立する。ニューヨーク・タイムズ紙の世論調査などを見る限り、直接投票にかければ法案は間違いなく成立するかに見えるが、実際には、両州とも、法案が成立するかどうかは不透明な情勢だ。

 最大の要因が、バイオテクノロジー業界や食品業界による、テレビCMなどを使った大々的な反対キャンペーンだ。オレゴン州からの報道によると、バイオテクノロジー大手のモンサントなど表示義務化に反対する企業は、すでに9月下旬の時点で、テレビCM放映などに総額約100万ドルをつぎ込んでいる。

 表示義務化反対派は、2012年のカリフォルニア州の住民投票でも、資金力に物を言わせて同様の法案を葬り去った実績がある。このときは、モンサントやコカ・コーラ、ペプシコなどが合わせて約4,600万ドル(現行の為替レートで約50億円)の資金を投入。対する賛成派も940万ドルを賛成キャンペーンにつぎ込んだが、文字通り桁違いの資金力の前に、賛成票49%、反対票51%という僅差で敗れた。
 

 有機農産物を販売するオレゴン州ポートランド市ファーマーズマーケット。オレゴン州の市民は食品の安全に対する関心が高い。
 今回のコロラド、オレゴン両州の住民投票でも、反対派がキャンペーンをエスカレートさせれば、カリフォルニア州の再現になる可能性は十分にある。ただ、前回と違う点もある。それは、表示義務化を支持する勢力が一段と広がっていることだ。

 それを象徴するのが、消費者情報誌「コンシューマー・リポーツ」の参戦だ。

 コンシューマー・リポーツは、自動車から携帯電話、ワインにいたるまで様々な消費者向け商品やサービスの比較テストを独自に実施し、その情報を消費者に伝える月刊誌。企業広告は一切載せず、消費者から絶大な信頼を得ている。発行部数は800万部を超え、同誌の評価で商品の売れ行きも変わってくることから、大企業といえどもその影響力は無視できない。

 9月下旬、そのコンシューマー・リポーツでシニアサイエンティストの肩書を持つマイケル・ハンセン氏が、オレゴン州で放映されたテレビCMに登場し、住民投票で賛成票を投じるよう有権者に呼びかけた。さらにコンシューマー・リポーツは、GM表示に関する独自の世論調査の結果などを次々と公表し、GM表示義務化の必要性を強力に訴え始めている。

 ワシントンポスト紙は、「表示賛成派が重量級の支持者を得た」と、コンシューマー・リポーツの動きを報じている。

 GM表示義務化をめぐっては、住民投票以外の動きも出ている。バーモント州議会は今年、米国の州では初めて、GM表示義務化を定めた法案を可決した。20167月に施行される見通しだ。

今回のコロラド、オレゴン両州の住民投票でGM表示義務化が決まれば、米国内のGM表示義務化の流れが一気に加速する公算は極めて大きい。米国は世界最大のGM大国だけに、日本を含めた世界のGM市場に何らかの影響が及ぶ可能性も無視できない。

果たして米国は遺伝子組み換え表示義務化に向かって一気に走り出すのか。11月4日に注目が集まる。

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2014年9月4日木曜日

モンサントの隔離圃場に見る遺伝子組み換え問題の行方

 
 東京から常磐自動車道に乗って1時間余り。何の変哲もない農村地帯の中に、世界の遺伝子組み換え(GM=genetically modified)市場を牛耳る米モンサント社の日本法人、日本モンサント社の隔離圃(ほ)場はあった。

訪れた日本モンサントの隔離圃場。
 圃場とは、要するに作物を栽培する田畑や菜園。では隔離圃場とは何か。それは文字通り、GM植物の試験栽培をするために、周囲から隔離した形で作られた圃場のことである。試験栽培中のGM植物の花粉が、圃場の外に飛び散るなどして周囲の自然環境に影響を与えないよう、フェンスで囲い、入り口には立ち入り禁止のサインが掲げられていた。こう書くと、何かそこだけ異質な空間が存在するかのようなイメージを頭の中に浮かべるかもしれない。だが、実際に訪れた隔離圃場は、周囲の風景にほとんど違和感なく溶け込んでいた。
 モンサントによれば、日本国内には現在、民間企業や大学、農林水産省系の研究機関が所有する隔離圃場が全部で約20か所あり、そのうち一般公開しているのは2、3か所。その1つが、ここ茨城県内にあるモンサントの圃場というわけだ。

 この隔離圃場を訪れたのは、夏の暑い真っ盛り。気温は35度前後に達し、日向に立っているだけで、玉の汗が噴き出してくる。まさに茹だるような暑さだった。

 午後2時ごろ現地に到着。用意された長靴に履き替え、麦わら帽子をかぶり、モンサントの担当者の後を付いて、圃場内に入る。圃場の面積は約7,800㎡。サッカーグランドよりやや広いぐらいの大きさだ。その一画に見学用の畑があり、大豆とトウモロコシが植えられていた。

左手前が除草剤耐性GM大豆。右奥のNon-GM大豆は除草剤の影響で完全に枯れてしまっている。
 大豆畑は3つの区画に分かれていた。向かって左側の区画は、大豆の枝や葉が隠れて見えないほど雑草が伸び放題に伸びていた。真ん中の区画は、逆に雑草が1本もなく、生い茂った葉の間からたくさんの大豆の鞘がぶらさがっているのがよく見えた。一方、右側の区画の大豆は、それが大豆とはわからないほど、見るも無残に茶色く枯れていた。
3つの区画の違いは何か。まず、左側と真ん中の区画に植えられているのは、強力な除草剤を撒いても平気な、いわゆる除草剤耐性GM大豆である。これに対し右側の区画の大豆は、GM技術を使っていない普通の大豆、いわゆるNon-GM大豆だ。そして、真ん中と右側の区画には除草剤が撒かれていた。その結果、除草剤を撒いていない左側の区画には雑草がはびこり、右側の区画のNon-GM大豆は除草剤の影響で枯れてしまったというわけだ。GM大豆のメリットを存分にアピールするための手の込んだ演出だ。

次にトウモロコシ畑に目をやる。こちらは左右2つの区画に分かれていた。遠目には両区画とも同じに見えるが、近づいて茎や実を手に取ってみると、違いは明らかだった。
右側の区画のトウモロコシの茎を割いて中を見てみると、トウモロコシの天敵であるアワノメイガの幼虫が巣食っていた。実の薄皮を剥いでみたら、先のほうからかなりの部分が芯まで食われていた。一方、左側の区画のトウモロコシには何の問題もみられなかった。

Non-GMトウモロコシの茎や実は、アワノメイガの幼虫に食い荒らされていた。
もうおわかりだろうが、左側の区画に植えられているのは、害虫抵抗性GMトウモロコシ。これに対し、右側の区画のトウモロコシはNon-GMトウモロコシだ。害虫抵抗性GMトウモロコシは、アワノメイガの成虫が卵を産み付けても、GMトウモロコシの持つ毒素によって、孵化した幼虫をことごとく殺してしまう。だからほとんど無傷なのだ。一方、毒素を持たないNon-GMトウモロコシは、害虫から身を守るためには、殺虫剤の散布に頼るしかない。

私はこれまで、GM問題を折に触れて取材してきたが、実際にGM作物を見るのは初めてだった。その意味では、隔離圃場内の滞在時間は1時間にも満たなかったが、じつに印象深い体験だった。百聞は一見に如かず、である。

日本モンサントはこの隔離圃場の見学会を、10年ぐらい前から、毎年2030回、夏場に開いている。うち1回はメディア向けで、私が参加したのもメディア向けの見学会だった。メディア向けも一般向けも見学内容は基本的に同じだが、メディア向けを分けているのは、記者に質問の機会を十分に与える配慮からだという。

モンサントがこうした地道なPR活動を長年続けている最大の理由は、GM作物のイメージアップにある。

世界的に見れば、GM作物の生産量は急速に増えている。大豆やトウモロコシ、綿、ナタネなどを合わせた世界のGM作物の栽培面積は、2013年時点で17,500万㌶に達した。これは日本の国土の約4.6倍に当たる広さだ。GM市場のさらなる拡大を目指す世界のバイオテクノロジー業界は、「GM食品は食べても安全」「GM技術は食糧問題を解決する」などと、GM作物の安全性や素晴らしさを繰り返し訴え続けている。

左側が害虫にやられたNon-GMトウモロコシの実。右がGMトウモロコシの実。
にもかかわらず、消費者の間には依然、GM食品の安全性に対する懸念が根強く、実際、GM食品を避ける消費者も多い。納豆や味噌などのメーカーが、パッケージの原材料の欄に「遺伝子組み換えではない」とわざわざ断り書きをしているのは、GM食品を嫌う消費者がいかに多いかを示す一例だ。

そうした消費者が抱く不安やマイナスイメージをどうすれば払しょくできるか。そこでモンサントが考えたのが、GM作物栽培の現場を実際に見てもらうということだった。隔離圃場の案内役を務めたモンサントの担当者は、「GMについて知ってもらう機会を作るのが見学会の目的」と話し、「圃場見学したことで、GM作物に対するネガティブな考えが変わった人もいる」と効果を強調する。

ただ、このモンサントの試みには限界があるのも確かだ。圃場見学からは、生産効率を向上させるGM技術の効果は実感できるが、では「GM食品は食べても安全なのか」という消費者にとって最も関心のある重要な問題への答えは得ることはできないからだ。むしろ見学者の中には、GMトウモロコシの強力な殺虫力を目の当たりにして、逆により不安になったという人もいるのではないだろうか。GM問題の安全性をめぐっては専門家の間でも見解が分かれており、消費者が不安を抱く原因となっている。結局、この安全性の問題に対し消費者が納得するような答えが見つからない限り、バイオテクノロジー業界と消費者との戦いは延々と続くのではないか。隔離圃場のGM作物を見つめながら、そんな思いを抱いた。

では果たして、専門家の間でも意見が分かれるGM食品の安全性の問題に対し、多くの消費者が納得するような答えはあるのだろうか。私はひとつだけあると考えている。それについては、次回以降、述べてみたい。

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2014年8月16日土曜日

ミツバチ保護に舵を切った米政府

 

米国の国立野生生物保護区を管轄する内務省魚類野生生物局はこのほど、同保護区内でのネオニコチノイド農薬の使用と遺伝子組み換え作物栽培の禁止を決めた。米政府はこれまで、ネオニコチノイドや遺伝子組み換え作物に関しては容認派と見られていただけに、今回の政府機関の決定は、これらをめぐる米国内外の世論や法規制の動きに少なからぬ影響を与えそうだ。
 
 
ネオニコチノイドは、日本を含む世界各国で起きているミツバチの大量死や大量失踪の原因と指摘されており、使用禁止を求める声が世界各国で急速に高まっている。EU(欧州連合)は201312月、暫定的な使用禁止に踏み切った。遺伝子組み換え作物も、その安全性や環境への影響をめぐる議論が世界中で一段と激しくなっている。

今回の決定は、魚類野生生物局・国立野生生物保護区システムのチーフを務めるジェームズ・カース氏が、全国の野生生物保護区の責任者に宛てた717日付のメモで明らかになった。それによると、すべての野生生物保護区内で今後、ネオニコチノイドの使用と遺伝子組み換え作物の栽培を徐々に減らし、20161月までに一部例外を除いて全面禁止にするとしている。

国立野生生物保護区は全米に約560か所あり、総面積は日本の国土の約1.6倍にあたる1億5000万エーカー。公式サイトによると、保護区には700種類の野鳥、220種類の哺乳類、250種類の爬虫類や両生類、1,000種類以上の魚類が生息し、数多くの絶滅危惧種も確認されている。まさに野生動植物の宝庫だ。

 使用禁止となるネオニコチノイドは現在、世界で最も使用されている殺虫剤のひとつ。化学構造がニコチンに似た、神経毒だ。畑の作物に散布するのはなく、種まき前の種子に染み込ませる。そのため浸透性農薬とも呼ばれる。ネオニコチノイドが染み込んだ種子から発芽、生長した個体は、体全体に毒素を帯び、攻撃してきた害虫を確実に返り討ちにする。散布するとどうしてもムラが生じるが、浸透性農薬の場合はそれがない。そのため非常に効率的かつ効果的とされる。

 浸透性農薬は、害虫駆除には効果的だが、重大な“副作用”もある。葉や茎だけでなく、花粉や蜜まで有毒化してしまうため、ミツバチなど受粉媒介生物まで殺してしまう可能性があるのだ。世界中の多くの研究者が、ネオニコチノイドをミツバチの大量失踪の原因と考える理由はここにある。最近の研究では、ミツバチだけでなく、一部の種類のチョウや鳥の個体数の減少にもネオニコチノイドがかかわっている可能性があることがわかってきた。

 国立野生生物保護区システムのカース氏も、「種子処理などネオニコチノイド系農薬の予防的使用は、殺虫効果を植物の体内の隅々にまで行き渡らせ、それによって本来駆除の対象ではないさまざまな種類の生物にまで影響を及ぼす可能性がある。それは野生生物保護区システムの方針とは相容れない」と禁止理由を述べている。

 ネオニコチノイドは他の農薬に比べると人への影響が少ないとも言われている。このことが、ネオニコチノイドの使用が急速に広まった一因だ。しかし、専門家の中には、神経毒であるネオニコチノイドの人への深刻な影響を指摘する声も少なくない。

日本でネオニコチノイド系農薬の使用中止を訴えている「ネオニコネット」はホームページ上で、「ネオニコチノイド系は胎盤を通過して脳にも移行しやすいことから、胎児・小児などの脳の機能の発達を阻害する可能性が懸念されます」といった国内の専門家の意見を紹介している。欧州食品安全機関は201312月、発達中のヒト神経系に影響を及ぼす可能性があると理由から、一部のネオニコチノイド系農薬の摂取基準を引き下げるよう提案した。

一方、遺伝子組み換え作物に関しては、それが野生生物の生息に直接影響を与えているという議論は、ネオニコチノイドほどは見られない。ただ、農家が遺伝子組み換え作物を栽培する目的のひとつは農薬使用量の削減にあったにもかかわらず、実際には逆に農薬使用量が増える傾向にあるとの調査結果が出ている。米国では遺伝子組み換え作物の作付面積が急速に増えており、トウモロコシや大豆では遺伝子組み換え品種が全作付面積の9割以上を占めている。

2013年に来日した米国の有力消費者団体「食品安全センター」のペイジ・トマセリ上級弁護士は、「遺伝子組み換え種子を開発・販売するバイオテクノロジー企業は、害虫に強い遺伝子組み換え作物なら農薬の使用量が減るので、農家の経営にとっても自然環境にとってもメリットがあると宣伝してきた。ところが、米国では遺伝子組み換え作物の持つ殺虫タンパク質に耐性を備えた害虫が出現し、農薬使用量は逆に増えている」と述べた。

農薬の使用量が増えれば、それだけ野生生物が農薬の危険にさらされる可能性も高まる。これが、国立野生生物保護区システムが遺伝子組み換え作物の禁止を決めた理由のようだ。

では、なぜ米政府はそれまでの容認姿勢から、ネオニコチノイドの禁止へと大きく舵を切ったのか。次回は、その背景や日本などへの影響についてリポートする。

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